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投石平からなかなか辿り着かなかった宮之浦岳に到着です。計画から二年の月日が流れていました。山頂に人影は無く、眼下に広がる屋久島の風景を存分に味わうことが出来ました。ところが、ペースが余りに遅かったことで、高塚小屋までの下山が時間的にギリギリになっていました。しかも用意していたマグライトやヘッドライトを途中で落としてます。暗くなると問題なので、山頂でビバークすることにしました。
陽が沈む前にビバークの準備。
日没。
夜には満天の星空が広がりました。風は強かったのですが、雨も降らず静かに眠ることも出来ました。夜明け前には目が覚め、寝袋にくるまりながら日の出を待ちました。宮之浦岳に陽が昇ります。
辺りが明るくなり下山の準備を始めました。宮之浦岳を後にします。
山頂付近の風景。
新高塚小屋まで3km。
残雪でしょうか。
巨大な岩。
風が強く、遮蔽物もないのでなかなか前に進みません。
途中水が切れました。お腹も空き、新高塚小屋までの区間が最も長く苦しかったです。小屋が見えたときは嬉しかったですね。
※ 宮之浦岳縦走リポートは「200604 屋久島 Photos Number 13」に続きます。
体が弱ることで得る経験があります。消化するには時間が必要でしたが、屋久島は回復後の一歩目で、整理するという意味において最適の場所だったように思えます。穏やかで深遠な島でした。また、縦走自体は単独行動になるのですが、少なくとも多くの人に助けられた経緯があり、その結果として屋久島の風景に触れることが出来ました。宮之浦岳の夕陽を眺めながら、一人の力では何も出来なかった入院時のことを思い返しました。それは無力感と言うよりも、多くの人の志や技術、善意だとかがあって、無関係に見えても実際は助けられているという安堵です。日常には悪意も沢山あるのですが、健全な優しさも沢山あります。多くの方に感謝です。
縦走翌日、目が覚めると筋肉痛の塊でした。体を解してから「できたて屋2」で食事を摂り、その後平内海中温泉へと向かいます。タイミング良く干潮時に到着、絶景の湯船へ浸かりました。更衣室はありません、水着も不可です。観光客の姿も多いので女性の入浴は難しいと思いますが、オススメの温泉です。湯加減も程良く、潮が満ち始めると波が押し寄せてきます。
湯船から望む太平洋。
松峯荘。こちらの御夫婦には本当に御世話になりました。心優しい御夫婦でした。次回も是非訪れようと思います。
安房の町並み
松峯荘の受付でもある「できたて屋2」。屋久島は登山客が多いので、早朝から営業をしている店が多く、「できたて屋2」も朝4時から食事を摂ることが出来ます。
宮之浦岳縦走から二日後、鹿児島へ向けて出航です。
サヨナラ屋久島。
鹿児島が近付いてきました。
車両甲板。下船の準備です。
充実した旅でした。屋久島は自然との共生故か、島の人も含め違和感のない温もりがありました。心優しい島です。一人で旅をしてると、コミュニケーションの取れない土地にはやはり敏感になります。特に都心部は病的で、人口が集中しているだけ人の力は感じますが、面倒で鬱陶しい場合が殆どです。屋久島には、何度でも足を運びたいと強く思う土地の魅力がありました。再訪が楽しみです。今回の屋久島編はこれにて終わりとなりますが、次回は奄美、沖縄へ向かおうと思います。そして、再度屋久島を尋ねようと思います。








200604 屋久島 Photos Number 13
アクシデントはありましたが、山頂では貴重な時間を過ごせました。雲海に沈む夕陽は幻想的で、夜は満天の星空です。日の出も絶景でした。ところが下山途中に水が無くなり、新高塚小屋まではかなり苦しい時間が続きました。。空腹は紛らわすことが出来ますが、喉の渇きはどうすることも出来ません。ちなみに前夜、新高塚小屋、高塚小屋ともテレビ局のクルーに占拠されていたそうです。マナーは最低だったようで、結果的にビバークが正解でした。その後荒川登山口を目指し、縄文杉やウィルソン株を望みながら長い木製の階段を下りました。トロッコ道を抜け荒川登山口に向かいます。
新高塚小屋に到着。まずは水場へ向かい、食事の準備です。
高塚小屋。
聖老人、縄文杉です。この杉は特別に思えます。
夫婦杉、大王杉を越え、ウィルソン株へと辿り着きました。
大株歩道入り口。トロッコ道です。ここからはアップダウンの無い平坦な線路が続きます。
トロッコ道では多くの人達と擦れ違いました。
平坦な線路が続くので注意が必要です。私は油断して一度転びました。
高架橋もあります。十分危険な高さなので、注意が必要です。
こすぎにだにはし。小杉谷集落跡で休憩しました。1923年から1970年まで、最盛期では540名以上の人が暮らしていたそうです。
荒川登山口。最終のバスには間に合わなかったのですが、ウィルソン株で知り合った大阪の二人組が、バイクを置いていた淀川登山口まで送ってくれました。感謝です。歩き終えた感想として、問いに対する解答を得るには時間が掛かるし、例え時間が掛かったとしても継続していれば良い結果に繋がるというシンプルな事実です。冒険としては小さな縦走でしたが、その一歩を踏み込めるかが総てなのだと思います。体が不自由だった期間、初めて肉体の本質に触れた気がしました。屋久島はその一歩目で、決して忘れることの出来ない土地となりました