Zeitgeist 2011: Year In Review

昨日のニュースです。
メール問題の根が企業の体質にあるというのは、多くの人が分かることだと思います。「地元の了解、ある意味必要ない」という発言は、その根が何も解決してないことの表出だとも思います。3.11、福島原発メルトダウンの根と同じで、嫌な匂いがしました。日本の縮図を物語っています。少なくとも、避けられない理由があって稼働するにしても、最低限対話は必須かと。対話の省略と暴力の発芽は連動していて、世界を見渡せばそれは明らかです。「地元の了解、ある意味必要ない」という言葉を思い出しながら九電のWeb Siteのトップページを見ると、気持ち悪い体質の恥ずかしい企業だとしか思えなくなります。一先ず、今回の九州電力の対応は忘れないようにしたいと思います。
私には好きな日本人芸術家が二人います。一人は放浪画家の「山下清」。もう一人は久留米出身の写実家「高島野十郎」、本名高島彌壽(やじゅ)です。「山下清」と「高島野十郎」、同じ方向を向いているのに対極の芸術家のように思います。「山下清」は子供の頃、まず作品よりもテレビ番組「裸の大将放浪記」が入り口でした。初めはそのイメージが強かったのですが、ある時「長岡の花火」のコピーを手にしてその作品に強く惹かれました。その後十代の終わり頃、初めて「山下清」の展覧会へ出掛け、「長岡の花火」を含む数々の実際の作品を見ました。画集などでは伝わらない貼り絵の奥行きや躍動を前に、更に強く心が震えました。これまで、例えばミレー、ゴッホ、ゴーギャン、シャガール、北斎などを見に行きましたが、アウトサイダアートなども含めあの瞬間を未だ超えることが出来ません。
野十郎との出会いは「蝋燭」。心に残ったので調べてみると、その生き方がまた響きました。東京帝国大学農学部水産学科を主席で卒業後、画壇に属さず、独学で絵を学び、純粋無垢な画家として生き抜きます。生家は資産家で画家の血脈もあり環境に恵まれた点はありますが、生涯を掛けて写実の一点を貫いたのですからやはり凄いです。そこで、今回久留米市にある石橋美術館で開催中の「高島野十郎 里帰り展」を見に行ってきました。とても興味深い展覧会でした。
個人的な感想ですが、野十郎の写実は科学者としての視点があるように思います。年代毎の作風の違いや、その時代に受けたであろう影響も作品には滲んでると思いますが、内面を色濃く映し出すと言うより、ありのままのとても自然な写実のように感じます。だから、私は野十郎が好きなのだと思います。「魚介類の観察図」など、学生の頃に書いたとされる絵はやはり原点で、とても印象に残りました。もしも高島野十郎に興味を持ったのならば、個人的には見るべき作品の一つだと思います。その後の闇の象徴として捉えた「月」や「蝋燭」「からすうり」などに繋がります。「高島野十郎 里帰り展」では「蝋燭」が石橋美術館別館に集められているのでかなりお薦めです。
ちなみにこの日は盛夏でした。福岡市内は朝方雲も多かったのですが、久留米に到着した三時頃には青空が広がってました。移動には西鉄電車を利用。久留米駅から石橋美術館までは徒歩。
照り返しの為か、SUNTOの簡易温度計は40度を超えてます。
Person Finder (消息情報): 2011 日本地震
Googleが設置した安否確認サイトです。下記からも利用可能。
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追加情報
NTT災害伝言ダイヤル : 171
詳しくは下記
NTT Home Page
追加情報
災害用伝言板 (iPhoneアプリ)、開発: SOFTBANK MOBILE Corp.
ソフトバンクWi-Fiスポットの無料開放について
(東北地方太平洋沖地震に伴い公衆無線LANサービス無料開放)
25年が経ちました。今でも「日航ジャンボ機墜落事故」のニュースは鮮明に覚えています。夏休みの商店街、電気屋のショーウィンドウに並ぶテレビでこの事故の一報を知り、「御巣鷹山」という地名が強烈に刷り込まれました。多分、同時代同様に感じ、私と同じように思う人は数多くいると思います。遺族とは縁も所縁もありませんが、私もいつか機会を見付けて慰霊登山に行きたいと思います。
YouTubeでは少年の類い希な集中力や行動力を美しい映像で紹介しています。必見でしょう。
「ブログの知見は得られた」–NTTデータ、Doblogを閉鎖
何というか「データーは収集したんで、壊れた序でにサービス終了、だって無料でしょ、過去記事のDLも出来るようにしたんだし」的な、思慮深い大人であれば想像すら付かない稚拙なコメントを出したかと思えば、一ヶ月という残り僅かな猶予期間にも関わらず、土曜の深夜に「現在サーバーが大変込み合っております」と。非力なサーバーと惰性の体質か、「終り良ければすべて良し」という、ユーザーとの唯一最後の接点をバッサリと断ち切ってしまったようです。驚きですね。
予想通りDoblog終了ですが、何というか最後まで対応は鈍く、形式的な延命に付き合わされた無駄な数ヶ月でした。しかも残された期間は一ヶ月。NTTデータの底が知れたというか、本来であれば「御世話になりました」のところが、「なんだかなー」の済し崩し終了です。今後NTTデーターが提供するサービスには気を付けたいと思います。